世の中にはたくさんの家紋がありますが、よく目にする家紋の中に、鳥の羽が二枚重なっているような家紋がありますね。このような家紋は、「鷹の羽紋(たかのはもん)」と呼ばれるもので、鷹の羽根が題材(モチーフ)になった家紋なのです。
今回は、鷹に関する家紋に着目し、家紋の由来や種類、どんな家系が使っている家紋なのかに至るまで、詳しく解説していきます。
そもそも家紋とは?

鷹の家紋について解説していく前に、そもそも家紋とはどういうものなのかについて今一度確認しておきましょう。
家紋は「家の紋」
家紋とはそもそも「家の紋」のことを言いますが、紋章を含む総称として用いられることもあります。
家紋は家の象徴としての役割があり、本来は血縁関係者によって受け継がれるものということから、家のルーツを知る重要なカギとして大切にされてきました。しかし、家紋は血縁者によって受け継がれる以外に、賜与、譲与、召し上げ、奪取によって血縁者ではないものの手に渡ることもありました。現在では、通紋という誰でも用いることができる紋を家紋として用いる家も出てくるなど、必ずしも家紋で家のルーツが辿れるというものでもなくなってきている傾向はあります。
家紋の種類
家紋は地域や種類によって分類することができますが、ここではよく知られている分類についてまとめていきます。
家紋は大きく5つに分類することができます。いわゆる我々がよく用いる「家紋」、主に商用で用いる「屋号」、寺院や神社で用いる「寺社紋」、歌舞伎役者や能役者など、芸能に携わる者が用いる「役者紋」、そして独自の紋章文化が確立している「沖縄紋とアイヌ紋」の5つです。
ここでいう「家紋」は、継承される特性のある紋と定義されています。
ちなみに、江戸時代の武家社会において複数の紋を持つ家では、代表の紋を「定紋」、もしくは本紋、表紋、正紋と呼び、それ以外の紋を「替紋」、もしくは裏紋、別紋、控え紋と呼んで区別していたそうです。当時は、格式や場面によって家紋を使い分けるなど、家紋の意味や格が大事にされていたのです。
今日では日常的に使い分けるケースはほとんどありませんが、冠婚葬祭などに名残がみられることはしばしばあります。
家紋の歴史

家紋の起源については諸説ありますが、何らかの文様が紋章へと変化し、それが家紋へと変化していったのではないかと考えられています。
ちなみに、家紋の始まりは平安時代にまで遡ることができると言われているのです。
藤原道季が御所車に自分の紋を入れたことが家紋の始まりとされており、元々はすぐに誰の車か分かるように目印代わりの目的で家紋やマークを入れていたようです。一部では装飾の一種として家紋が用いられていました。
これが武家社会の時代に突入すると、武家紋と呼ばれるものに転じていきます。武家の紋ということもあり、目印の様に、敵や味方を判別するために用いられていました。そのため、装飾的な要素は少なく、デザインはシンプルで見やすいものが好まれました。中には、見る者を畏怖させるような見た目の家紋もあり、敵を威嚇し牽制する目的で用いられたものもあったようです。馬印、陣旗紋、陣幕紋なども登場し、それを家紋として採用した武将も少なくなかったようです。
江戸時代に入ると、町人文化が栄えたこともあり、商家が「屋号」として紋を用いるようになりました。歌舞伎役者や大相撲力士、落語家なども手拭に自身の紋(役者紋)を入れて、贔屓客に名刺代わりに渡すなど、紋が実用的に用いられるようになりました。そこから、一般庶民にも紋というものが普及し、徐々に家紋として浸透していきました。
江戸時代には「紋師」と呼ばれる、現在でいうところの紋章上絵師が登場し、家紋がいっそう華やかなものへと変化していくきっかけにもなりました。
明治時代以降は、国民全員が苗字を持つことになったことで、一気に家紋の数が増えたと言われています。日本にタキシードが入ってくると、それに対応する衣服として、「黒紋付」の紋服が選ばれるようにもなりました。これが、黒紋付の普及も家紋の数が一気に増えた一因とも考えられているのです。
鷹にまつわる家紋
家紋について確認したところで、いよいよ本題の鷹の家紋について解説していきます。
鷹の家紋は動物紋の一つ
鷹や鷹の羽根をモチーフとし、文様化した家紋は、動物紋に分類されます。タカ目タカ科の鳥の中で、体が比較的小さいものが鷹、大きいものが鷲と呼ばれています。
勇猛な鷹は、鷹狩りなどのために飼育されてきました。特に戦国武将は鷹狩りを好んだことで知られ、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らは鷹狩り愛好家としても名を残しました。多くの大名が織田信長や徳川家康に鷹を献上したというのは有名な話ですね。
「鷹」を家紋に用いる理由
勇猛な鷹の羽根は、古くから和弓の矢に用いられてきました。矢羽の貴重な材料として重宝されていたのです。そこから、鷹の羽根は武家の象徴として崇められ、戦勝を祈念する尚武的意義から家紋に採用されるに至りました。
鷹の家紋を用いる主な家系
鷹の家紋を用いている家系は沢山ありますが、特に有名なのは、浅野氏、菊池氏、後藤氏、阿蘇氏、白川氏、阿部氏、高木氏、中村氏、柳井氏、久世氏、井上氏です。
鷹の羽紋について

鷹にまつわる家紋の中でも特によく用いられる鷹の羽紋について解説していきます。
五大家紋の一つ
鷹の羽紋は、桐紋、藤紋、片喰紋、木瓜紋と並び、「五大紋」の一つに数えられるほど有名な家紋なのです。鷹の羽紋はデザイン性に富んでいるため、色々な形で用いられていますが、中でも二つの羽根を交差させた「違い鷹の羽」系統の紋の使用率が高いと考えられています。
菊池氏と鷹の羽紋
鷹の羽紋が初めて歴史上に登場したのは、菊池氏第10代当主の菊池武房が、蒙古襲来に際して一族を挙げて戦った時です。軍旗に「並び鷹の羽」の紋が描かれている絵巻が残っています。ちなみに、西郷隆盛はこの菊池家の血を引く者として知られており、明治天皇より「抱き菊の葉に菊」の紋(南洲菊の紋)を賜るまで「違い鷹の羽」を家紋として用いていました。
現在も、菊池家とゆかりの深い南九州地方には、鷹の羽紋を用いる家も多いのです。
阿蘇神社の神紋
神の使いとして崇められていた鷹は、武運や勝利を象徴するとして、阿蘇神社は神紋に鷹の羽紋を採用しました。これによって、鷹の羽紋は九州地方に広く普及していったとも言われています。
また、菊池氏の初代当主である菊池則隆は、夢の中で、阿蘇神社の信託を受け、鷹の羽紋の付いた幕を授けられたという伝説も残っています。菊池家、阿蘇神社が鷹の羽紋と繋がりが濃いことが分かるエピソードですね。
鷹や鷹の羽根にまつわる家紋一覧
鷹や鷹の羽根をモチーフにしている家紋を一覧にしました。
鷹の羽紋
・違い鷹の羽
・丸に違い鷹の羽
・陰違い鷹の羽
・石持地抜違い鷹の羽
・糸輪に豆鷹の羽
・反り違い鷹の羽
・三つ違い鷹の羽
・太丸に一つ鷹の羽
・丸に並び鷹の羽
・三つ並び鷹の羽
・五つ並び鷹の羽
・鷹の羽組井桁
・丸に三つ鷹の羽
・丸に五つ鷹の羽
・六つ鷹の羽
・丸に八本鷹の羽
・中輪に覗き鷹の羽車
・鷹の羽蛇の目
・抱鷹の羽
・抱鷹の羽に釘抜
・一つ鷹の羽巴
・一つ折り鷹の羽の丸
・折れ鷹の羽
・二つ折れ鷹の羽
・三つ折れ鷹の羽丸
・三つ反り鷹の羽
・剣三つ折れ鷹の羽
・丸に変わり割鷹の羽
・割違い鷹の羽
・割折れ鷹の羽菱
・割鷹の羽
・割六つ鷹の羽車
・並び鷹の羽に割鷹の羽
・糸輪に斑入り違い鷹の羽
・揚羽鷹の羽蝶
・浮線鷹の羽
・割浮線鷹の羽
・鷹の羽扇
・一つ引に違い鷹の羽
・二つ引に抱鷹の羽
・違い鷹の羽に一つ巴
・団扇に違い鷹の羽
・月輪に総覗き違い鷹の羽
・月に折り鷹の羽
など
鷹の羽紋と別のモチーフ
・五つ鷹の羽丸に桔梗
・外割鷹の羽に橘
など
鷹の紋
・鷹の丸
・対い鷹
・中輪に飛び鷹
・鷹匠
・使い鷹
・架に鷹
・相に鷹
など
鷹や鷹の羽根の独占紋
独占紋とは、特定の個人や家が使用できる紋です。
・浅野家鷹の羽
・阿部家鷹の羽
・阿部家違い鷹の羽
・高木家鷹の羽
・久世家鷹の羽
・白川家鷹の羽
・柳井家違い鷹の羽
・中村家違い鷹の羽
・井上家鷹の羽
・豊前英彦山神社(神紋)
など
鷹の羽紋と似ている家紋
鷹の羽紋と似ている家紋として、矢や弓、的を題材にした家紋と比較されることがあります。確かに構図やデザイン面は似ているところもありますが、決定的に違うところがあるのです。それは、鷹の羽紋が丸みを帯びた羽根で描かれているのに対し、矢の矢羽は尖って描かれている点です。
矢紋は、矢羽、矢尻、矢筒を象って描かれ、鷹の羽紋のように尚武的な意味で用いられてきました。主な使用家は、太田氏、服部氏、的場氏ですが、他にも矢紋、弓紋、的紋を用いる家は沢山あります。
もし、鷹の羽紋なのか矢紋なのか分からなくなってしまったという時には、羽根の丸みで違いを見比べてみるのが分かりやすくておすすめです。
まとめ
鷹にまつわる家紋について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。
想像以上に鷹に関する家紋があったと思われた方も多いのではないでしょうか。
これを機に、自分の鷹の家紋がどの種類に当たるものなのか、詳しく調べてみるのも面白いかもしれませんね。
神社の神紋にも鷹の羽紋はよく用いられているので、神社に詣でる際には神紋もぜひチェックしてみてくださいね。
